福井大学子どものこころの発達研究センター発達支援 研究室

平谷 美智夫

客員教授・平谷子ども発達クリニック

平谷 美智夫

つい最近のことです。

“いわゆる高機能自閉症”の

就学前の男の子のお父さんがお見えになりました。

日ごろは忙しくて

療育はお母さんに任せているので

一度説明をしてほしいとのことでした。

私は初めてお父さんにお目にかかりました。

療育についての質問のあと、

「この子の長期予後はどうですか?」と

大上段にふりかぶった質問がきました。

これまで20数年間、

おそらく3000名を超える発達障害児童に関わってきましたが、

長期予後はどうですか? と

尋ねられたのは初めてでした。

お父さんはお医者さんでした。

医学の世界で、一般に長期予後というと、

例えばリンパ性小児白血病では5年生存率○○%、

小児喘息では成人期に寛解しているもの○○%、

死亡率0.0・・1%・・・などの数字が並びます。

発達障害で死亡される方は基本的にはいませんが、

障害基礎年金の診断書に“予後”の欄があり、

私は“予後不良”と書き込みます。

障害基礎年金の診断書の書き方の解説書には

予後不良と記載するようにとの説明があります。

発達障害は基本的に治らないからです。

お父さんからの質問に、

相手が同業者であることを意識しながら、

私は咄嗟に次のように答えました。

「予後ですね・・・(少し考えながら)・・・

発達障害そのものが治ることは少ないです。

彼は成人になっても今の特性を持ち続けて、

20歳になってもやはり高機能自閉症と診断されるでしょう。

その意味で予後は不良です。

しかし、

将来の生活が幸せであるかどうかを予後と考えると、

予後を決定する最大の要因は職業の選択です。

彼の強みが十分に生かされ、

弱さができるだけ要求されない職業に就くことです。

発達障害の方は一般に純粋な方が多く、

そのような男性を好きになる女性

(この子は男性なので異性は女性)

も少なくありません。

しかし、

いくらこころがきれいでも稼ぎがなくては・・・」。

クリニックに来られた発達障害の子のお母さんから

「先生、この子将来結婚できますか?

(この子の長期予後はどうですか?とほとんど同じです)」と

よく質問されます。

診断の過程で、

偶然その子のお父さんも発達障害らしいことを知り、

お母さんもそのことを気付いているような場合は、

「結婚できますとも。

ご主人もいい奥さんをもらえて

二人でお子さんをここまで育ててこられたのですから。

お母さんはお父さんが好きでしょう」と答え、

ご主人が社会的に成功された理由

(ちゃんとした家庭を持てれば大成功です)は

いくつかありますが、

最大の要因は、

“ご主人が今の職業を選んだからです”

と答えます。

数年前に、

福井大学教育地域学部の学生さんの卒業研究

「発達障害児の成人後の予後調査」に協力しました。

結果をS先生がある学会で発表され、

自立できている人が思ったより少ない結果について

“幼児期の療育は必ずしも自立に結びついていない”

との考察が述べられました。

4~5年前の研究でしたので、

当時20歳を過ぎた人たちが療育を受けたのは

15年~20年前になります。

療育技術はそれから格段に向上してはいますが、

私は、

大多数のケースの療育(治療)に直接かかわった共同演者として

会場から“進路指導の問題も大きいと思う”と発言しました。

スクラムの会議で、就労の問題が話題になることが多いです。

就労は労働側の責任でもありますが、

進路指導にあたる教育側の果たす役割のほうがむしろ大きい

といつも感じていますので、

スクラムの会議で

私は教育側にもっとしっかり進路指導をやってくれ!

といつも要求します。

私が教育に冷たいのではなく、

年間200日は登校して日中の長い時間を過ごしている教育現場に

期待するしかないと思うからです。

参考資料:

就労に関して特別支援教育への期待を述べた私の文章を添えておきます。

(論文全文は、平谷こども発達クリニックホームページでご覧になれます。)

自閉症スペクトラム研究 2008.7.47-53

(特集 特別支援をめぐる学校教育の現状と課題)

特別支援教育に期待するもの -地域医療の立場から-

平谷 美智夫(平谷こども発達クリニック)        

キーワード:

1. 業選択を意識した教育

2. もっとひどい子がいますよ

3. しつけも学業も学校で  

4. 個別指導プログラム

5. 教育成果の評価

【要旨】

社会の教育への期待は人材育成にあり、

保護者の願いも子どもの経済的自立、すなわち就労にある。

自閉症スペクトラム児の多数を占める

いわゆる高機能群の多くは、

幼児期から一定の療育や学童期での適切な教育、特別なニーズをもつ生徒として

就労に関する適切な援助が行われると、

一般就労であれ保護的就労であれ、就労が可能になると思われる。

職場での特別な配慮も必要であるが、

教育サイドで就労を意識した特別支援教育が望まれる。

家庭や地域での子育て機能の低下や

膨大な数の対象者、

医療機関を受診する児童が限られること、

自閉症スペクトラム児では社会性の未熟さによる問題行動は

教育現場で現れることが多く、

そのほかに

高い学業困難の合併頻度などより、

医療機関で支えることは不可能であり、

“しつけも勉強”と教育に期待せざるを得ない。

自閉症スペクトラム障害の増加は、

遺伝性の要因に加えて生育環境の関与も大きい。

乳幼児期から子育て支援に始まり、

認知の特性を意識した

高度な専門教育を含めた

個別教育プログラムに基づく特別支援教育が求められる。

医療の役割は、

児童の認知心理的な評価を含めた診断と、

心理学や言語病理学などの療育機能を通して

特別支援教育にエビデンスを提供することにある。

就労と進路指導に関する記載部分(一部改編)

(同:p48)

認知に偏りのある生徒が

彼に合わない(認知の弱い部分が要求される)職業につくと悲劇である。

学校での進路指導が極めて重要である。

進路指導とは、

個々の生徒の適性(職業適性検査に相当)を把握した上で、

高等教育機関への進学も含めた職業選択指導を行い、

その進路指導が適正であったかを

少なくとも就労5~6年先の職場での勤務状態を見届けて

初めて判断できると考える。

この作業の繰り返しの中で

進路指導の専門家が育つ。

10年~20年後の予後調査を続けることで確立されてきた

若年性高血圧、小児糖尿病、小児白血病などの治療の考え方と同じである。

ところが、

日ごろ思春期の児童を持つ保護者と接していて、

思いつき程度の職業紹介や進路指導はあっても、

エビデンスに基づいた“科学的”な指導は

なされているケースはかなり少ないと感じる。

そもそも学校にそのような専門職が配置されていないと言っても過言ではない。

少子化の時代、

一人一人が国にとって大切な宝物であるのに

本当にもったいないと思う。