福井大学子どものこころの発達研究センター発達支援 研究室

松浦 直己

客員教授・三重大学教育学部特別支援教育

皆様、はじめまして。松浦直己と申します。8 月から福井大学子どものこころの発達研究 センターの Age 2企画の客員教授を拝命いたしました。どうぞよろしくお願い申し上げます。本務校は東京福祉大学で、社会福祉学部の教授をしております。専門は特別支援教育、 少年非行、犯罪心理学、発達精神病理学です。

犯罪心理学を専門にしていますと自己紹介すると、大抵の方は「へぇー」といった表情 になり、「どうして最近こんなに凶悪な事件が増えたのでしょうか」とお尋ねになります。「昔はこんな事件はなかったのに」とか、「日本の将来が心配です」とおっしゃる方もいら っしゃいます。少年事件は凶悪化しており、日本の状況は他国と比較すると相当良くない、と認識されている方がほとんどです。

しかしながらこれらの固定観念は全て間違っています。この20年間で少年による凶悪事 件(殺人・放火・強盗・強姦)は約 1/3 に激減しています。そもそも 20 年前の事件数も治安のよい先進国と比較して少なかったのですが、現在においては群を抜いて凶悪事件数は 少ないのです。これだけ顕著な減少傾向を示しているのは日本だけです。そして国内で見 ても、戦後最も凶悪犯罪(軽犯罪もですが)が少ない、治安のよい状態を維持しているの です。世界の国々と比較すると、まさに「異次元」状態です。

豊かな社会という定義はいろいろあると思いますが、犯罪の少ない、つまり治安のよい 社会は、間違いなく豊かな社会です。日本ではある日突然襲われたり、命を狙われたりす る心配をする必要はまずありません。さらに日本の治安の良さの特徴として、すりや置き 引きがきわめて少ないことが知られています。むしろ日本で落とし物をしたら、誰かが届 けてくれていて驚いた、という外国人の話を聞いたことがあるでしょう。犯罪に遭う確率 が低い社会とは、私たちの子孫に残せる大きな財産なのです。

昨年ベルギーのブリュッセルを訪れ、3 日間の学会に参加したときのことです。親しげに 話しかけてきた陽気なイタリア人青年と歩きながら話をしました。満面の笑顔で「日本人 だろ?スモウ、シッテルカ?スキヤキ、タベタカ?」と次々と聞いてきます。オレはジュ ウドウ、得意だといって身体に触ってきました。これはおかしいと思ってさっさと逃げて ホテルに入ろうとしました。そのときです。財布をすられていたのです。

犯罪心理学の授業では、海外ではすりが多いので安易に貴重品を持って外出しないこと、 パスポートなどはホテルの金庫に入れておくべし、と偉そうに学生に話していた身分としては面目丸つぶれです。幸いに現金・カードを入れた財布ではなく、交通系カード入れだ ったので、帰国後急いで解約しないと、と思っていたら。。。。

なんとそのイタリア人青年がホテルに入ってきて(つけてきていたのです)、無表情に「返 してやるよ!」と言わんばかりに、そのカード入れを私に放り投げ、(しかも親指を立てて👍いいね!サインをして!!)すたすたと去ってしまったのです。現金が入っていなかったので、必要ないと思ったのでしょう。それにしてもわざわざホテルまで追いかけてきて 返しに来るとは。。。

少しアカデミックなお話しをしましょう。日本は超がつくほど治安のよい国ですが、そ の中でも、北陸・東北地方は、概して治安がよいのです。例えば犯罪発生率を低い順で並 べると、秋田県は1位、福井県は9位です。秋田県や福井県というと、全国学力検査で常 に1,2位を独占しています。長寿ランキングでみても、福井県は男性3位、女性7位で す。これらの一致は偶然ではありません。どれが原因でどれが結果かは分かりませんが、 犯罪の少ない地域は子どもの学力が高く、平均寿命も高い傾向があります。世界保健機構 (WHO)や経済開発機構(OECD)などの組織が調査した結果から、国際比較をしても同様の 結論が導かれるのです。つまり治安のよい国は子どもの学力が高く、平均寿命が長いのです。

ハーバード大学公衆衛生大学院教授のイチロー・カワチ氏は、日本の寿命が長いのは、 “ソーシャル・キャピタル”(社会関係資本)が蓄積されているから、つまり集団の連帯 感が強いからではないか、と指摘しています。日本食がよいとか、医療制度がよいとかも 原因としては考えられるのですが、他国と比較して、家族・親族・地域で助け合ったり、 連帯感が強かったりすることが、日本の強みだと述べているのです。カワチ氏は、人と人 との絆がしっかりして、相互の信頼感が強いと、人の健康に大きなプラスの影響をもたら すことを明らかにしています。確かに阪神淡路大震災や東日本大震災のような大災害後の 日本人の姿勢は、世界からも高く評価されています。

福井県は3世帯同居率が全国2位で、他のソーシャル・キャピタルの強さを評価する調 査でも上位にランクインしています。家族の絆や地域における信頼関係、子どもの学力や 平均寿命、犯罪率、経済力まで、様々な指標は意外と関連し合っており、福井県はよいモ デルになっていると思われます。「住みやすい県」や「子育てしやすい」ランキングでも福 井県は上位になることがあるのですが、これも偶然ではないのです。

さてなぜこんなに私が福井を褒めるのか、不思議に思われる方もいらっしゃるでしょう。実は私、南越前町出身、武生高校卒業生です。親や兄弟も福井に住んでおり、私の子ども たちも小さい頃から帰省するのを楽しみにしていました。私自身のふるさとで、学術的研 究に関わることができることをたいへん嬉しく感じており、そしてこのようなチャンスを 与えてくださった皆様に、心から感謝申しあげます。

現在、福井大学子どものこころの発達研究センターの Age 2 企画の先生方と、非行化し たり、虐待を受けたりした少年が、家族的な矯正敎育を受けてどのような神経学的変化が 起きるのかを研究しています。何度か研究室内で講義をさせていただきましたが、先生方 や学生さん方の熱気に圧倒されそうでした。恐らく日本でももっとも活発に研究されてい る研究室の1つでしょう。私自身まだまだ力不足ですので、ここでスタッフの皆様と、ふ るさとの福井で、切磋琢磨しながら勉強できることを楽しみにしています。改めまして、 関係者の皆様、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。