福井大学子どものこころの発達研究センター発達支援 研究室

笠羽 涼子

連合大学院研究生

みなさま,はじめまして。

連合小児発達学研究科および社会福祉法人大日園の笠羽と申します。仕事は主に障害児・者施設の施設長として,また臨床発達心理士として保育園や障害児者支援に携わっており,地域に根付いた子どもから大人の健やかな「生涯発達支援」を目的に,仕事に研究にと,日々奮闘しております。

「生涯発達」とは,単に子どもが大人になるという過程だけではなく,大人の時期における変化や老人期の衰退等も発達という概念で考え,要は「人は一生,発達する」ということです。「発達」に関しては色々な研究がありますが,例えば花の種を植えて,どんなに水をあげたところで,次の日すぐには花が咲かないのと同じで,発達を無理に促すことはできません。段階を経て,その時期がきたら自然に発達していくのです。ただ,元気な花を咲かせるためには,水や肥料をあげて日光に当てますよね。茎が細くて倒れそうだったら支柱で支えたりするように,一人ひとりの現状に対して適切な環境を整えることが「支援」であると考えます。

生涯発達の観点から,ライフステージに応じた支援が整備されてきておりますが,発達に凸凹があるとされる発達障害児者支援は,早期に始め,ライフステージごとに途切れなく続くことが望ましいと考えられます。「ライフステージごと」というのは,発達とともに支援のニーズが変わってくる可能性が高いからです。

昨今,よく耳にするのは,乳幼児期〜就学まではうまくいったのに就労でつまずいてしまった,というケースです。例えば,職場の上司が「手が空いたらすぐに,○○をやっておいてもらえないか」と指示を出したところ,本人は字義通りにとってしまい,勤務時間の終わりに,「手が空かなかったからやりませんでした!」と答え,「君は本当に仕事ができるね」と上司が皮肉を言ったら,「ありがとうございます!」と喜び,上司を怒らせてしまった,というケースがありました。小噺にでもなりそうですが,当の本人はどうして怒らせてしまったのか,さっぱりわからない様子でした。

社会生活において他者とコミュニケーションを取る際に,私たちは自分の意図を直接的には表現せずに,わざと遠回しな言い方をしたり,逆のことを言ったりします。皮肉表現はその典型の一つであり,音韻論・統語論・意味論等の言語学的区分では,語用論に属し,他者の意図を理解するにはその社会的場面や文脈の情報(その人の表情や声のトーン,前後のつながり等)を手がかりに,言葉の裏に隠された暗黙の意図を推測する必要があります。誰が教えるわけでもないのに,人は自然と他者の意図を推測し,国や文化圏でも異なりますが,だいたい小学生で皮肉やユーモアが理解できるようになるといわれています。しかし,自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder: ASD)は,この能力が未熟で,他者の暗黙の意図を字義通りに解釈してしまうことが多いため,皮肉やユーモアなどがわからず,他者とのコミュニケーションにズレや,対人関係のトラブルを起こしやすいことが指摘されています。

近年の脳研究で,皮肉など含意のある言葉を理解する時の脳領域と,他者の心の状態や目的,意図などを推測する「心の理論」の関連脳領域が部分的に重なっていることが報告されています。日常生活において他者と円滑なコミュニケーションを取るには,心の理論が不可欠ですが,ASD児者は心の理論がうまく使えないともいわれています。

ですので,上記のケースでいうと,上司は単刀直入に「〇〇をやるように」と具体的な指示だけを出せば,トラブルは起こらないのかもしれません。

発達の凸凹の,凸の強みの能力に着目し,外から入ってくる情報をどのように処理しているか(認知処理)等の個人特性を丁寧にアセスメントした上で,その特性にあった適切な「環境」を整えることで,ライフステージに応じた発達を支援していくことができると考えます。

発達は,脳の構造や機能を変化させるといわれていますが,どのような過程で変化していくのか,また定型と非定型ではどのように認知処理が異なるのか,そもそも人は社会的な情報をどのように認知処理をしているのか等の疑問を持ち,数年前に,福井大学教育学研究科 三橋美典教授の研究室の扉を叩きました。脳波を用いて,言語理解に関する社会的認知能力に焦点を当てた認知神経心理学研究を行う一方,三橋先生主催の発達障害児の放課後教室にスタッフとして参加させていただきました。それらの経験から,基礎研究を積み上げることの重要性や,その研究から得られた知見を臨床にいかしていくことの必要性を学び,また医療・教育・福祉の連携や,子どもらの生活基盤となる養育者に対する支援の重要性を痛感し,現在も一意奮闘しております。

2013年に三橋先生らが開催した「生理心理学会」での,連合小児発達学研究科 友田明美教授の講演「発達障害と虐待の脳科学」を拝聴させて頂いたご縁で,この春から友田先生の研究室でお世話になっております。

その講演で,児童虐待を受けることで子どもの脳が変化し,その後の発達にも影響する,また自然災害であれ日常的な虐待であれ,子どもの受ける傷は発達を傷害し,従来の「発達障害」に類似した症状を呈する場合がある,という研究結果を拝聴し,大きな衝撃を受けました。後天的な要因で子どもの健やかな発達が阻害されてしまう,環境が子どもの脳を変化させてしまう,それが科学的な手法で明らかになっているのです。その傷をどうやって治していくのか,そうならないためにどう予防していくのか,友田先生の研究室では,多様な分野の専門家が日々,大きなテーマに挑んでおられます。

子どもが健やかに育つためには,やはり子どもと養育者との良い意味での相互作用が重要であると考えます。よりよい相互の「発達」を,科学的根拠に基づく研究から生涯発達支援につなげ,地域福祉や社会に還元していければと思っております。

とはいえ,私自身,中学生の息子から日々「母さんの手抜き家事のお陰で,僕は本当に色々できるようになったよね,ありがとう!(皮肉)」などと言われている雑な養育者で(これぞ自然な発達だと,自信をもって彼には説明しています),研究室でも職場でも家庭でも,周囲の方々の支えで,何とかやっている発達途上の状況です。みなさまのお力をお借りしながら,少しずつでも前に進んでいけるように頑張ります。

どうぞよろしくお願いいたします。