福井大学子どものこころの発達研究センター発達支援 研究室

田仲 志保

技術補佐員・コホート研究員

初めまして、どうぞ宜しくお願いします。  我が家には、小1と年長の2人の息子がいます。  年子のせいか、お互いライバル心も強いようで、よくケンカして騒がしい毎日ですが、仲よく遊んでいる様子を見ていると、大きくなったなぁとしみじみ可愛く感じます。

長男は、3歳の時に、広汎性発達障がいと診断されました。長男は、親が言うのもなんですが、本当に可愛い赤ちゃんで、女の子みたいとよく言われました。笑顔がとってもキュートで、よく食べよく眠り、あまりぐずらず、一人でもくもくと遊び、人みしりしない、とても育てやすい子でした。外に出ても、ニコニコと元気いっぱい走り回り、さすが男の子!!とうれしく眺めていました。

1歳4か月違いで生まれた弟と長男、二人の世話に追われ目の回るような日々の中、長男の1歳6か月健診がありました。 保健センターでも、元気いっぱい動き回り、ちっともじっとしていない長男の様子から、「ちょっと落ち着きがないかな?」と保健師さんに指摘を受けました。そして、2歳児相談会にも来てくださいと言われ、びっくりしてしまいました。 うちの子、“元気がいい”んじゃなくて、“落ち着きがない”んだ・・・

それから2歳児相談会までの半年間は、精神的にとても辛いものでした。  「発達障がい」関連の本を読みあさっては、あれもこれもあてはまる・・・と落ち込んだり。子育て広場に行っても、他の子はお母さんのそばに座って一緒に遊んでいるのに、長男はあちこち動き回っては、次から次へとおもちゃを変え、私は弟をかかえて長男の後ろを追いかけてばかりで、「やっぱりうちの子、他の子と違う!どうしよう!」と、仕事中の夫に泣きながら電話したり。 ゆっくり一か所で話をすることもできないので、いわゆるママ友もなかなかできず、他の子との違いを見たくなくて、子育て広場からも足が遠のきがちになりました。

2歳児相談会を経て、その後、福井市のきらきら教室に月1回通うことになりました。弟を祖母に預け、長男と1対1で思い切り体を動かして活動したり(長男は自由奔放でしたが・・・)、教室の後半で、保健師さんや専門家の先生方との相談・アドバイスの時間があったりで、とても助かりました。

通いだして1年程経った頃には、長男は、呼べばこちらに来るし、私の膝にお座りして前に立つ保健師さんのお話を聞くことも大分できるようになり、ほっとしていたのですが、保健師さんからは「視線がちょっと合いにくいね。専門機関にかかるなら、保健センターから紹介しますよ。」と言われ、またもびっくりしてしまいました。

病院に行かなければいけないほどなの!?診断なんて受けたら、発達障がいのレッテル貼られて、学校も、就職も、結婚も、この子はどうなってしまうの!?・・・と頭の中でいっぺんにいろんなことがぐるぐると駆け巡り、一時は泣いてばかりいました。

でも、経験豊富な保健師さんの観察眼を、「そんなはずない」と無視して、後々、長男がもっと社会生活に困難を感じるようになってしまう方が怖い、申し訳ないと思い、夫や家族のあたたかい理解もあり、平谷クリニックを紹介していただきました。

そして、ちょうど3歳のころに診断を受け、それから週に1回療育を開始しました。

長男は、言語聴覚士の先生との1対1の療育を、苦手なことも得意なこともとても楽しんでおり、どんどんいろいろな能力が伸びていくことを彼の背中から感じました。また、私自身も長男との接し方などを学ぶとても良い機会となりました。

翌年4月からは、長男は年少クラス、弟は未満児クラスで保育園に入園しました。

予想していた通り、長男は集団行動がとても苦手で、いろんなこだわりもあり、園の先生方の手を焼かせましたが、平谷クリニックという療育機関とつながっていたおかげで、その都度、対処法をアドバイスいただき、園の先生方と一緒に試行錯誤しながらなんとか対処していきました。次々起こるひとつひとつの出来事に、落ち込んだり、成長を喜んだり、先生方には本当に感謝しています。

そして、長男は年長になり、就学を考える頃になりました。 年長からは、平谷クリニックの療育(月2回)に加え、園から紹介していただいた、ムーブメント教室と、清水特別支援学校内のぽかぽか教室に月1回ずつ参加させていただきました。

たくさんの方とつながりができ、適切な支援をしていただき、たくさんほめていただいて、長男はどの教室も大好きで、とても楽しんでいました。苦手な「待つ」、「順番を守る」ことも大分できるようになりました。

ある日の教室の中で、先生から、「苦手なことは目立たせない。得意なことはどんどん伸ばしてあげる。多動って、たくさん動くこと。これは、得意なことですよ。動きたいならどんどん思いっきり動かせてあげればいい。“動”があってからの“静”ですよ。」と伺いました。

その時、私の中でなにかすとーんと腑に落ちました。

それまで私は、先生や周りの方に感謝しながらも、ずっと心の奥底で「大変な子を見てもらってすみません。」と、申し訳ない気持ちでいました。どうか、同級生の子や先生方に迷惑かけないでほしいと無意識に思っていました。園の行事も、ハラハラしているだけで、楽しんでいませんでした。

年子の子育てで、心身に余裕がなかったこともありますが、心から子育てって楽しい、子どもって可愛いと思えずにいて、それも罪悪感になっていました。少しでも普通の子になってほしくて、長男をいろんな療育へ連れて行っていました。

気持ちの持ちようひとつなのか、そこから急に、長男も弟も、心から可愛くて可愛くて仕方なくなってしまいました。園の行事を参観していても、「あちゃー、先生、すみません・・・」と思っても、悲しくならないのです。「あ~長男らしいな。」と、変な汗をかきながらも、笑って見守れるようになりました。         思えば、小さい頃から、公園を元気に走り回り、呼んでもなかなか帰ってこない姿、家の中でもくもくと、ミニカーを一列に並べたり、ブロックをモザイク模様に並べる姿、どんな物でもコマのように回して遊ぶ姿、スイッチを見つけると押さずにはいられない姿、いつも何かハミングしているきれいな歌声、驚くほどの記憶力・観察力・・・・全部うちの子すごい!と思っていたはずでした。それが、いろいろ勉強するうちに、それらは自閉傾向のある子の特徴だと知り、いつしか「どうして普通の子のような遊びをしないんだろう」とネガティブにとらえてしまっていました。

そんなついイライラしがちな私のそばで、夫や両祖父母はおおらかに、いつでも長男を「いい子だ、いい子だ、輝くものを持っている」とほめ続けてくれました。

ようやく今、私も、他の子にはないとっても個性的な感覚を持っているこの子は、どんな才能を秘めているんだろうと、わくわくしながら見守れるようになりました。

小学校は、就学相談会や園・学校の先生方との支援会議などで話し合って、特別支援学級に入級することになりました。「あ~間に合わなかったか・・・」という思いと、適切な支援を受けて、健やかに学校生活を送ってほしいという気持ちとが混在し、複雑な気持ちでしたが、「知的な問題はないので、できる限りみんなと一緒に勉強させてほしい」という我々親の希望に、学校側は快く応じて下さり、晴れて小学校に入学しました。

「一番になりたい」「かっとなると大声・手が出てしまう」「忘れ物が多い」など、こだわりやとほほ・・・な行動はまだまだ数々ありますが、今のところ、順調に学校生活を送れているようで、ほっとしています。同級生も先生方も、長男の行動をとても好意的に受け取ってサポートしてくださり、結局ほとんどの授業を通常クラスで受けており、着々と成長している長男の姿に、感謝の思いでいっぱいになります。

この先、どんなことが待ち受けているのか心配や不安もありますが、その都度周りの方に助けていただいて、感謝の気持ちを忘れずに、長男の特性に合った何かで、社会の役に立てるような人間に成長していってほしいと願っています。

また、母親である私は、しばらく専業主婦で子育てにてんやわんやしていましたが、子どもたちが保育園に入園したのを機に、小学校の低学年支援員の仕事を始めました。

全く未知の仕事でしたが、小学校ってどんなところか知っておきたい、特別支援教育の現場を見てみたい、また、個性的な長男を授かって、いろいろ経験したり勉強したりしたので、気になる子への対応に少しは役に立てるのではないか・・・との思いから始めました。

通常学級にも支援が必要な子はどのクラスにもそれなりにいて、とにかく個性的な子どもたちの相手に試行錯誤しながら、毎日慌ただしくもとても貴重な経験を積ませていただきました。先生方は子どもたちの教育・学校生活に本当に熱心に対応してくださっていましたが、大変に忙しそうで、学校と良好な関係を築くためには、家庭や親がしっかりしなければいけないんだなぁと感じました。

3年程支援員をしましたが、今はより専門的なことに携わりたいと思い、大学で子どものこころ研究の補助業務をしています。

今になって思うことは、うちの子がまさか、なんで・・・という思いはいつもありましたが、誰でも受けることができる福祉サービスではない、と自分に言い聞かせ、専門家の意見は極力素直に受け入れるよう努力して良かったな、ということです。

なかなか受容できるものではありません。私もまだまだいちいち落ち込んだりします。

だけど保健師さんから指摘を受けた時、ショックだったけど、前向きに受け入れていて本当に良かったと今思っています。

早めに適切な支援を受けられて、長男も私たち家族もとても生活が楽になったと思います。困った時にすぐ相談できるところがあるのは、すごく心強いものです。

私は、1年前ペアレントメンターの講習を受けましたが、当事者の親としては日も浅く経験不足で、何の役に立てるのだろうと考えていました。

そんな中、現在仕事の関係で、市町の乳幼児健診に入らせていただくことがあり、当時長男の健診で指摘を受け、とても動揺したことを思い出しました。

今の私は、健診の場などで、思いもよらず指摘を受けたお母さん方のショック、否定したい思い、混乱する気持ちに共感できるし、そのようなお母さん方に、「でも、うちの場合は受け入れて良かったよ。助かったよ。」とお伝えできたらいいな、と思い当時を振り返ってこの手記を書いてみました。

Age2企画技術補佐員・永平寺町コホート研究員            田仲 志保