福井大学子どものこころの発達研究センター発達支援 研究室

矢澤 亜季

RISTEX学術研究員

 

初めまして、人類生態学者の矢澤亜季と申します。2017年4月から、子どものここ ろの発達研究センターに学術研究員として参加させていただくことになりました。 私は修士・博士課程を通して、中国の農村で住み込みのフィールド調査を行ってき ました。そこで、市場経済化に伴う急速な環境の変化が健康に与える影響について、生活様式(食事内容や職業)、現金収入、社会関係など、あらゆるところに出現してきた、人々の間での差異(いわゆる格差)に注目し、どのような人に心理ストレスが高まるのか検討してきました。 最初のフィールドは、海南島という常夏の島の山間部にある村でした。初めこそ自 作の酒や捌きたての鶏で皆もてなしてくれましたが、次第に日常の中に溶け込むと、 私の孤独な1日は長く、まだ言葉の通じない私に飽きずに話しかけてくれるのは子 ども達だけでした。うちには当時4歳、3歳、2歳、8ヶ月の4人の子どもがいました。靴どころかパンツも履かず、真っ黒けになりながら子豚や鶏と同じ庭で転げま わり、ゴーヤや空芯菜を平気で食べていました。「これはうちのゴムの木だよ。」「この草は食べられるよ。」日本の子どもとは違う常識で彼らは育っていました。乳児は、交代で色々な大人に面倒を見られ、あまり洗っていないような哺乳瓶で保 育されていました。お母さんがいるときは、授乳スペースに悩むことはなく、どこでもぺろっと服をまくっておっぱいをあげていました。オムツは蒸れるのでしておらず、その都度井戸まで行っておしりを綺麗に洗ってあげました。

日本人の私から見ると、特に衛生面では大丈夫なのかな?と不安に思うこともありましたが、同時にストレスがなさそうで、自然にも見える子育てでした。ヒトも動 物なのだから、本能のままに育てて育つんだろう、というような感覚になりました。 一方で大きな問題だと思ったのは、出稼ぎで両親が不在のまま育つ子どもが多いことや、一人っ子政策で村の中に一緒に育つ子どもが少ないことでした。これは社会 的な要因によって、子どもの成長に差異、すなわち健康格差ができるという、早急に対処すべき問題だと思いました。(ちなみに私がお世話になっていた家は少数民族の世帯なので2人までOKで、長男家族と次男家族が同居していたので4人の子どもがいました。)

このように、途上国の子どもを取り巻く環境は、日本などの先進国と全く異なっています。子どもの発達や育児をサポートするための行政サービスはほとんどありま せんし、そういったことが重要であるという認識もあまり広まっていないように感じました。裏を返せば、周りにサポートしてくれる人が多く、育児で悩むことがな かったり、発達のデコボコが目立たなかったりする、例えば先進国では障がいがあるとされるような子も、知らずに周りに馴染み、役割をもって生きて行ける社会な のかもしれません。今後どのようになっていくかはわかりませんし、それぞれのコンテクストにおいてどのように社会づくりをしていくのが良さそうか考えることは、他の組織と協調しながら研究者が担うべき大事な仕事です。 私は、「健康も生活状況もみんな平等じゃない。それは仕方ない。ただ、みんなが『生まれてきてよかった』と思える社会にしたい。」という信念を持っています。そのために、社会的な要因が生体に影響を及ぼすメカニズムを知り、ヒトがどのように社会的環境に適応して生きているのか解明したいと思っています。

研究分野としては毛色の違う背景を持つ私のこうした経験や視点が、本研究室で役 立つこと、また、本研究室でこれまでに蓄積されてきた、社会的な環境が脳の発達 に及ぼす影響についての医学的知識を学ぶことによって、私の研究がより実践的なものに進化し、すべての子どもの健やかな成長につながることを期待し、研究に邁進する所存です。

矢澤亜季